ル・コルドン・ブルーの思い出「中級クラス」その2

中級では、忘れられない大きな思い出が2つほどあります。
一つは『大失敗』で、一つは『大成功』。

中級の実習も残すところあと2回、そして最終日は修了試験という最終日まであと3日という日でした。その日の実習は、ビスキュイ生地を絞って焼いて、ムースを流し、グラサージュで仕上げる、という中級の中ではそんなに難しくないアントルメ・・・、のはずでした。作り慣れたビスキュイ生地。絞り袋を使って10cmほどの長さのものを横にいくつも絞っていきます。最終的には全てくっつくように焼き上げて、1枚の生地として切って使うのです。この生地は焼いてる途中で膨らみますので、それを計算して隣と少し離して絞ります。生地の様子が何となくいつもと違う気がしながらもそのまま作業を続け、いつもと同じように絞りました。しかしオーブンに入れて数分後、膨らむはずの生地が一向に膨らみません。

「これはおかしい」。気づいた時は、既に遅し。。。通常10分程で薄い焼き色がつき始める生地なのですが、5分で焼き色がつき、8分で出した時にはかなり濃いめの焼き色がついていました。しかも生地は膨らまずに固くなっている。つまり、1枚の柔らかい生地にはなっておらずバラバラの状態なのです。例えて言うなら、フィンガービスケットのような状態です。私は驚き、血の気が引きました。おそらく『計量ミス』・・・。作り慣れたビスキュイ生地、失敗するわけがないと少し気の緩みがあったのでしょうか。こんなバラバラの状態ではアントルメの周りの生地としては使えません。作り直したい。作り直しても時間はそんなにかからないので、提出時間内には終われるはず。だけど勝手にやり直すことはできません。私は、「生地を失敗しました。やり直しても良いですか?」と先生に聞きに行きました。雄二先生から返ってきた言葉はただ一言。「ダメだ、そのままやれ!」。

このように1枚生地に焼き上ける予定でした・・・

1枚生地に焼き上げ、

こうやって上下を切り落として使う予定でした・・・

こうやって一気に上下を切り落として使う予定でした・・・

頭が真っ白になりました。使える生地にもなっていないバラバラのビスケットのような、縦長のおかきような状態のもので、どうやってアントルメを作るのか。。。でも「ダメだ」と言われた限り作り直しはできません。これを使ってなんとかするしかないのです。そこから組み立ての長い時間が始まります。一つ一つ同じ長さに切り取り、なんとかセルクルの周りに立てかけます。1枚の生地になっていないのですから、これはもうただのパズル。立てかけたはずのものがバラバラ倒れてきて、この中にムースなんか入るはずがない。周りのみんなが次のムース作りに移り、早い人はセルクルにムースを流し込んでいるような時に私はまだこのパズルを続けていました。この時私の脳裏に浮かんだ一つの言葉・・・「ギブアップ」。「今日の提出は無理かもしれない」初めて本気でそう思いました。

手を止めたその時、隣の留学生の男の子がムースを失敗したらしく、先生から「全部捨てて最初からやり直せ」そう言われていました。それを聞いて「彼はやり直せるのに、私はやり直せないの?」。この時私は勝手にこう思いました。「試されているのかもしれない」と。最後までやり切れるかどうか、先生は見ているのかもしれない。もちろん真意はわかりません。でもそう思った瞬間、「どんな形でも良いから最後まで作り上げよう」と決めました。大きく1回深呼吸をして、作業再開。

何とか立てかけたとは言え、隙間だらけの生地。絶妙な固さのムースを作らなければその隙間から流れ出してしまいます。私は今までないくらいに慎重にムースを作りました。そこから先は、全てパーフェクトに仕上げることができました。そして、冷凍庫からケーキを出し、セルクルを外す時「お願い!周りの生地、倒れずに綺麗に出てきて!!」と、私は生まれて初めてケーキに向かってお願いしました(笑)。恐る恐るセルクルを持ち上げて綺麗に外れた時、何とも言えない達成感がありました。この状況、喜んでいる場合じゃないんですけどね・・・(笑)。そしてグラサージュをしてデコレーション。生地以外は本当に綺麗に出来上がったと思います。何とか時間内に形にすることができ、ホッとして先生に提出に行きました。

この日の実習アントルメ(これはもちろん雄二先生の作品です)

この日の実習アントルメ(これはもちろん雄二先生の作品です)

すると・・・。当然全ての工程を見ていた雄二先生。私の提出したアントルメを見て「どんなにデコレーションでごまかしたって、生地がきちんと焼けていないお菓子は全て失敗なんだ!わかってるかっ!!」と。実習室中に響き渡る、いえ隣のキッチンにも聞こえるのではないかというくらいの大声で怒鳴られました。実習室はしーんと静まり返り、クラスメイトの視線が突き刺さります。今まで見た事ないくらいの怖い顔をして、雄二先生は私をじっと見ておられました。私はそれが失敗作であること、失敗が自分の不注意のせいであることも十分承知していましたので、言い訳はしませんでした。「はい・・・、スミマセンでした・・・」。先生の目をしっかり見て精一杯の反省の言葉を口にしました。私の態度が素直だったからでしょうか(笑)、先生は一呼吸おいて、「わかってればそれで良い」とだけおっしゃり、それ以上何か言われることはありませんでした。そうなんです。これがお店だったらどうなのでしょう?こんなもの売り物にはなりません。これは完成した「アントルメ」とは言えないのです。「生地作りを甘く考えるな!」そうおっしゃりたかった雄二先生の言葉が胸に刺さりました。

丁寧な生地作り

先生の丁寧な生地作り

そして次の日、実習最終日。それは中級の中でも一番難しいアントルメでした。「今日は失敗できない。2日連続失敗で中級を終わらせるわけにはいかない」。私一人異常な緊張感を持って実習がスタートしました。いつもは11名が同時に動くガサガサした音に気が散ってしまうのですが、あの日だけは一切誰のことも何の音も気になりませんでした。まさに集中しているとはあのことでしょう。いくつものパーツを時間内に丁寧に作り上げ、急ぐことなく美しく完成させることに神経を集中させました。できたお菓子は、私の中級の集大成でした。先生に提出した時、私は初めて褒めていただくことができました。「生地もきちんと焼けてる。ムースもきれい。組み立てもきちんとできてるし、グラサージュもデコレーションもよくできてる。全部良くできてます」と。周りの誰にも聞こえない、私にしか聞こえない程の小さな小さな声で、私の作品を褒めてくださったのです。いつも厳しい雄二先生の口からお褒めの言葉は滅多に聞くことができません。まして作品のパーツ全部なんてありえない。あの雄二先生が、私の作品全部を褒めてくださるなんて・・・。びっくりして言葉も出ず突っ立っていると、最後に先生が「最初から最後までよく頑張りました」と。

中級実習最後の作品

中級実習最後の作品

「最初から最後まで」・・・。そうなんです、雄二先生は作る過程をいつもきちんと見ていらっしゃる。全てのステップにおいて、全生徒のパーツをきちんとチェックされているのです。ですから私達生徒が自分の作品を提出する時には、この人がどんな生地を焼いて、どんなムースを作って、どんな組み立てをしているか、既に全て分かっておられるのです。そしておそらくそれを見ただけでどんな味に仕上がっているのかも、わかっていらっしゃるのでしょう。先生は表面的なところだけを見て評価をされているのではないのです。だからこそ、「最初から最後まで」とおっしゃることができるのです。

そしてこの時の私、あまりの嬉しさに泣きました。今までの人生、悔し泣きはよくしてきた私ですが、嬉しくて泣くなんて生まれて初めてのこと。「人って嬉しいと泣けるんだ」と、初めて知りました。修了試験がまだ次の日に残っているというのに、私ったら既に感慨無量になっていました(笑)。そしてこの日、もう一つ気付いたことがありました。雄二先生って、怒る時は全員がびっくりするほどの大声で怒鳴るけど、褒める時は誰にも聞こえないくらいの小声なんだ、と(笑)。こんなこと言うとまた怒られてしまうかもしれませんが・・・(笑)。そしてこの2日間の自身の体験から、私はある大切なことに気がつきました。それは、厳しい雄二先生が奥深くに持たれている生徒を思う温かく優しい心。これがいつもクールな雄二先生の不器用な愛情表現方法じゃないか、と私は気がついたのです。大袈裟かもしれませんが、この2つのエピソードなしに私の中級時代を語ることはできません。学ぶことの多い、本当に充実した1ヶ月でした。

先生とクラスメイトと

先生とクラスメイトと

修了試験採点待ち

修了試験採点待ち

中級クラス修了式

中級クラス修了式

大切なことを伝える雄二先生の本気の厳しさと本気の愛情に、心から感謝の気持ちでいっぱいです。
雄二先生、本当にありがとうございました。

中級クラス修了式

修了式 雄二先生と

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